東京高等裁判所 昭和32年(う)670号 判決
被告人 細田雅雄
〔抄 録〕
第一点について。
一、判示第一の事実。
原判決挙示の証拠によれば判示写真機は当日昇仙峡行のバスに乗るため行列していた伊藤安夫がバスを待つ間に身辺の左三〇糎の判示個所に置いたものであつて、同人は行列の移動につれて改札口の方に進んだが、改札口の手前約二間(三・六六米)の所に来たとき写真機を置き忘れたことに気がつき直ちに引き返したところ、既にその場から持ち去られていたものであり、行列が動き始めてからその場所に引き返す迄の時間は約五分位に過ぎないもので、且つ、写真機を置いた場所と伊藤が引き返した点との距離は約一九・五八米に過ぎないことが認められる。かかる状況の下においては右写真機は依然として伊藤の実力的支配のうちにあつたものと認めるのが相当であり、未だ以て同人の占有を離脱したものとは認められない。また当日は日曜日の為バスの乗客多く特に昇仙峡行のバスの乗客の列はバス待合室の建物内に収容しきれず右建物の外にも長く行列を作つていた状況にあり、被告人が右写真機が判示個所に置かれているのを認めこれを領得したときにおいても昇仙峡行のバスの行列の末尾はバス駐車場の空地からバス待合室の建物への入口に達していたというのである。そして右行列の末尾と写真機との距離は約八・六米に過ぎないのであるから、当時右写真機はバス乗客中の何人かが一時その場所においた所持品であることは何人にも明らかに認識しうる状況にあつたものと認められるのであつて、被告人がこれを遺失物と思つたとの弁解は措信し難い。要するに原審の事実認定並びに法令の適用は相当であつて論旨は理由がない。
二、判示第二の事実。
原判決の判示は如何なる点において窃盗の着手があつたものと認めたのか明確を欠くものがあるが、これを挙示の証拠と対照すれば、被告人は判示日時場所において判示高橋峰雄のズボン右後ポケットより金品を掏り取ろうとして、右手の指をポケットに入れ、ズボンのポケットの釦を外そうとしたがまだ釦を外すことができない内に、警戒中の警察職員に逮捕せられた為その目的を遂げなかつた事実を認定したものと解することができ、右事実は窃盗の実行に着手しこれを遂げなかつた場合に当ることは勿論である。そして原判決挙示の証拠によれば、右事実は優にこれを認めることができるのであつて、本件記録並びに当審における事実の取調の結果によるも、原判決には事実誤認の違法があるものとは認められない。本件が所論のように警備中の警察職員の予断に基き被告人の何気ない行動を掏模の犯行と誤認したに因るものとは認められないからこの点の論旨は採用しない。また所論の押収にかかるハンカチは被害者が捜査官に任意提出したものであることは記録上明らかであるからこの点に関する論旨は誤解に基くものであり、原審の認定には所論のような不合理は存しない。被告人が当日上りホームにおいて齊田部長が警備に当つているのに気付いていたとの被告人の供述は措信し難く、仮に被告人がこれに気付いていたとしても、これが為、前示認定を覆して被告人が犯行をしなかつたものと推断する証左とはなし難い。要するに判示第二の点に関する論旨もすべて理由がない。
(谷中 坂間 荒川)